その悩み、お坊さんに聞いてみよ!【お寺の子育て相談室】⑧

この記事は2026年4月1日に作成および更新したものです。
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子どもの発達、友達関係、パートナーとの役割分担、仕事との両立......。
情報があふれる現代でも、子育ての悩みは尽きません。
むしろ、情報に振り回されて何が正解かわからなくなることも。
そんなママンペール世代が抱える子育てのお悩みについて、お坊さんにたずねてみました。

はるか昔から人々の心に寄り添ってきた仏教に、子育てがちょっぴり楽になるヒントがあるかもしれません。

▼この記事を読んで分かること
◎やりたいことはあきらめず、工夫をする。
◎子育ての悩みは、成長とともに変化する。
◎母親の存在は、子どもにとって代わりがきかない。
◎お寺は、ありのままでいられる場所。

この記事を読めば、子育ての悩みについてのヒントがきっと得られるので、ぜひ参考にしてみてください。

1. 子育ての悩みにお坊さんが寄り添います

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「仏教」と聞くと、一般的には法事やお葬式などのイメージが大きいのではないでしょうか?
でも、本来仏教は、「今を生きる人々」の悩みや苦しみを解決するために生まれたもの。
私たちの持つ「常識」や「世間の価値観」を一歩離れ、別の視点からものごとをとらえ直すことができる教えです。
今回は、そんな仏教にたずさわるお坊さんに、子育ての悩みを相談してみました。
読むうちに、自分の子育てについての気づきや、ハッとするような言葉に出合えるかも!?


2. 今回のお悩みは……

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この記事では、ママンペールライターが、SNSなどを通じて子育て中のママパパからお悩みを募集。
その中からピックアップした質問を、お坊さんに投げかけてみました。
さて、今回のお悩みは......!?


子育て中は、自分のやりたいことはあきらめないといけないのでしょうか。

今回のお悩み:


「自分のやりたいことと、子育てとのバランスで悩んでいます。
出産を期に前職をやめ、いまは幼稚園児の育児に専念しています。
近い将来、在宅ワークをしたいと考えていて、オンラインスクールに入りました。
育児の合間に勉強したいと思っていましたが、やはり小さい子がいると自分の時間を作るのはとても難しく、子どもが話しかけてくるだけでイライラしてしまいます。
そんな自分に罪悪感も覚えます。
子育て中は、自分のやりたいことはあきらめないといけないのでしょうか。」(20代女性)


3. お坊さんからの回答

今回は、三次市廻神町の善徳寺の住職、長谷川憲章さんに質問を投げかけてみました。
日々の法務のかたわら、布教使(法話専門の僧侶)として各地の寺へ。
また、アウトドア好きの長谷川さんのお寺では、子どもたちを集めてキャンプをしたり燻製づくりを楽しんだりしています。


あきらめる必要はない — 工夫という発想

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― 今回は、自分のやりたいことと子育てとのバランスについてのご相談です。
子育て中は、やはり自分のやりたいことをあきらめなければならないのでしょうか。


ご相談いただきありがとうございます。
お答えする前に、まず私自身が父親という立場ですので、母親である相談者さんのお悩みを完全に理解することはできないかもしれません。
それでも、できる限り寄り添ってお答えしますね。

まず、結論として、やりたいことをあきらめる必要はまったくないと思います。
「あきらめるか、あきらめないか」の二択ではなくて、「どう工夫するか」を考えてみるといいんじゃないかなと思います。
未就学児を育てている時期って、思い通りに動けないことの連続ですよね。
仏教では、人の苦しみの原因は「思い通りにならない」ことと見ています。
子育てはその最たるもの。だけど、そんな現実のなかでも「工夫する」方法はきっとあるはず。
例えば、「やりたいこと」そのものを、子どもと一緒でもできるものに変えてみる。
あるいは身近な人を頼ってみる。
また、思い切って子育てが落ち着くまで待つという選択もありです。
どれを選んでも、それはあなたがあきらめたということではないんです。
今のあなたにできる最善の選択をしているということなんですよ。

—あきらめるかあきらめないかではなく、工夫をする。
そう考えれば前向きになれそうですね。
ただ、子育ての渦中にいるときは、先が見えなくてつい不安になります。


本当にそうですよね。
でも安心してください。その時期は永遠には続きません。
子どもは確実に成長していきますから。
仏教には、「諸行無常」ーすべては変化し続ける、という教えがあります。
子育ての苦しさも、必ず終わりが来るか形を変えるかという、変化をします。
今は子どもに時間を取られているかもしれませんが、次は子どもが相手をしてくれないという形になるかもしれません。
明日も明後日も同じような日々が続くように思えても、よくよく見ると実は変化している。
変化の中で、いかに工夫するかということに目を向けてみてほしいと思います。


母親の存在感は、子どもにとって圧倒的なもの

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― 最近は、乳幼児を育てている母親も社会で活躍することが珍しくなくなりました。
そうした社会の変化をどう捉えていますか?


そうですね、私の子どもはもう成人していますが、自分が子育てしていたころとはかなり変わっているでしょう。
この10年ぐらいで、土日に公園に行くとお父さん率がすごく高くなったって聞きますし。
ただ、子どもにとって父親と母親の役割の違いは明確にあると思います。
これは、私が父親として実感したことでもありますが、特に幼い時期の母親の存在感は圧倒的なんですよ。
たとえば、子どもが小学校から帰ってきたとき、父親が家にいたとしても「お母さんは?」って聞くんです。
お父さん、ここにいるんですけど(笑)。
同じ「親」なのに、父じゃなくて母の存在を子どもが確認するんですよね。
もちろん、いろんな家庭の形があるので一概には言えませんが、共感するお父さんも多いんじゃないでしょうか。

―言われてみれば確かにそうかもしれません(笑)。

子どもにとって母親は、安心して甘えたり、感情をぶつけたりできる存在。
思春期になって、母親に厳しい言葉を向けることさえ、信頼の裏返しなんです。
どんなに反抗しても、変わらず愛情を注いでくれる母親がいてくれることへの安心感が、子どもを支えているんですよ。
これは性格としての「女性らしさ」とは別の話です。
父親と母親の役割の違いであって、どっちが優れているとか、そういうことでもありません。
ただ違うだけなんです。
女性の「社会的な活躍」がうたわれますが、ビジネスや社会での目に見える成果だけで測るのは偏っていると思います。
家で子どもを育てることも、社会を根本から支える大事な営みです。
これは、母親が職場などで活躍するのを否定しているのではなく、母親という役割そのものが、代わりのきかないすごく大きな仕事なんだということをお伝えしたかったんです。


お寺はありのままでいていい場所

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― お坊さんの立場から、子育て中の方に何かメッセージをお願いします。

仏教では、すべての命は等しく尊重されるべきものと考えます。
人の価値は、社会的な地位や成果だけでは決まりません。
優れている・劣っているではなくて、それぞれ役割や、在り方が違うだけ。
職種・性別・障害や病気の有無・年齢など、様々な違いはありますが、命の尊さそのものは、誰もがフラットなんです。
実社会で仕事をしたり、学校に行ったりする中では、どうしても頑張らなきゃとか、人より優れなきゃみたいなところがありますよね。
お寺は、そういう社会の評価や役割に追われる日常から、いったん素の自分に戻れる場所。
社会で頑張って、実家に帰ってほっとするように、お寺もそういう存在でありたいと思っています。
もし今度お寺へ行く機会があれば、親であることや仕事の肩書をいったん置いて、「ありのままの自分でいていい場所」だということを思い出してください。
仏さまの慈悲を感じながら、心を開放してゆっくり過ごしてほしいと思います。


4. まとめ

・やりたいことはあきらめず、工夫をする
・子育ての悩みは、成長とともに変化する
・母親の存在は、子どもにとって代わりがきかない
・お寺は、ありのままでいられる場所


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【回答いただいたお坊さんのご紹介】

長谷川憲章/善徳寺住職
善徳寺の開基は室町時代といわれる。
長い歴史を受け継ぎつつ、平和活動・アウトドア活動・サマースクール・落語会など様々な活動を実施。
楽しいお寺、幸せなお寺を目指している。


● 善徳寺ホームページ


(担当ライター:いづみ