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第50回:人類の危機に直面して


 新型コロナウイルス感染症による感染拡大防止のための措置として全国の学校がお休みなりました。本校では、休校に入る前日、全学年が集い「六年生を送る会」が行われる予定でした。一日しかない時間の中でできうる限りのこともしなければならず、送る会は取りやめになり、残念な気持ちを誰しももったにちがいありません。予想もしなかった出来事に直面して失ったものもありましたが、逆に得たものも多くありました。いつも当たり前と思っていた日常の大切さを感じたり、当たり前に暮らすことができたりすることの日々に改めて感謝の気持ちを持つことになりました。


●涙のお別れ

 最後のお別れの日、一年生は、一年間ペアとして支えてもらった六年生にどうしてもお礼を言いたかったのでしょう。運動場から六年生の教室に向かって、大きな声で一人一人ペアのお兄さん、お姉さんの名前を呼び、大好きな歌を歌ってお礼の気持ちを届けることができました。六年生も、窓を大きく開けて手を振り、涙を拭きながら「ありがとう。」と受けとめてくれていました。限られた時間だからこそ温かい思いにあふれた時間を持つことができたのです。


●感動の卒業式

 卒業式は、例年になく、卒業生と保護者、教職員で簡素に行いました。登校した六年生は直接体育館に入り、教職員が手作りした飾りで出迎えられます。大きく間隔を取った椅子に一人一人座って、久しぶりに会えた友だちと話したいことが山ほどあったはずでしたが、式の手順を書いた紙を食い入るように静かに読んでいます。ほとんど号令のない「なぎさスタイル」の卒業式に臨み、立派にやり遂げたのです。大人顔負けの成長した姿に思わずこみ上げるものを抑えることができなかったのは、私だけではありません。


●教育は愛なり

 尊敬する国語教育の先輩が、戦後、教科書も教材も乏しい中、夜じゅうかかって一人一人の生徒の顔を思い浮かべながら新聞を切り抜き、学習材にしたとの話を思い出しました。豊かな時間、豊富な教材があれば、それに越したことはありませんが、どのようなときも知恵を出せば教育ができると若い頃思った記憶があります。教育愛があれば、子どもたちの成長にかかわっていけると今だからこそ思います。鶴学園の建学の精神「教育は愛なり」との言葉をかみしめ、最善を尽くして微笑み、桜咲く四月を迎えたいと思います。




なぎさ公園小学校